私とフランス【後編】

前回に引き続き今回も「私とフランス【後編】」について綴りたいと思います。

「私とフランス【前編】」はこちらをご覧ください。

仕事で再びフランスへ行くチャンスが!?

2014年秋、あと1〜2年で仕事を辞めて海外へ行きたいという意思を会社へ伝えようと決心していた頃、なんと急に上司からフランス事業を復活させるからメイン担当でやってみないかというお話を頂いたのです。

簡単に現在勤めている会社の海外事業の説明をすると、海外で外国人対象に日本への留学のイベントを企画・運営するというものです。日本の大学・短大・専門学校・日本語学校がブースを設け、来場した外国人に個別に各学校の説明や留学の相談に乗るというイベントです。

日本国内でも日本人向けによく留学フェアというイベントが開催されていますが、その海外版です。

実は私が入社する前に一度パリで日本留学フェアを開催していたのですが、フランス語ができ、フランスについてよく知っている社員が辞めてしまったのでフランスでのイベントは一旦ストップしていたのです。

フランスでのイベント開催実績があったことが入社の決め手ではあったので、確かに入社後上司にはフランス事業をやりたいですと伝えてはいました。

でもこんな若造のペーペーに担当させるなんてことはないだろうなぁ〜と期待もしていなかったので、正直フランス事業の話をもらった時は驚きしかありませんでした。(しかもフランス事業をやりたいとアピールはしていたけれど、仕事でつかえるようなフランス語力があるわけでもなく、こんな私で大丈夫!?とさえ思っていました。)

しかし仕事でフランスに行けるチャンスだし、もしかしたら次のステップに向けても現地と新しいコネクションができるかもしれないという期待がエネルギーになり、会社を辞めて海外へ行くという意思表示は暫く心の奥にしまっておくことにしました。

夢のフランス出張!いよいよ仕事で海外へ行ける!?

フランス事業のメイン担当として決まってからは、とにかく「フランスへ行ける!」というのがエネルギーとなり、どんな仕事も、それが例えどんなに辛くても頑張ることができました。

会社からはフランス事業を新しく担当することにはなったけれど、引き続き国内事業も担当することという指示が出ていたので仕事量はどんどん増えて行きました。(今から思うと上司は私の仕事へのモチベーションアップも狙ってフランス事業を任せてくれたのだと思います。)

また以前パリでイベントを開催した時の担当者も辞めていなかったので、企画の相談ができる相手もおらず、手探り状態で仕事を進めるしかありませんでした。

そしていよいよ2015年秋フランスへ出張に旅立つこととなりました。

イベント開催に向けて下準備に1週間と開催運営に1週間の合計2回の出張にパリとリヨンへ行くことになっていました。

現地への下準備のための1回目の出張は2014年冬からおよそ10ヶ月かけて色々と用意してきたので、現地コーディネーターとも協力し合い無事終えることができました。

しかし物事は全てが上手くいくとは限りません!

2015年11月13日パリ同時多発テロ事件が発生し、イベントを開催するための2回目のフランス出張はなしになったのです。

イベント開催の2週間前でした。

不特定多数が来場するイベントで、日本からブースを出して参加するお客さんの安全を確保できないし保証もできないですよね。

すぐにはイベント中止にはならず、私とコーディネーターで現地情報を共有し開催有無の判断材料を会社へ報告しました。

今あの時のことを振り返ると頑張ってきた仕事の成果であるイベントが開催できず、またフランスへも行けなくて残念だという気持ちは全くありませんでした。

それよりもフランスでテロが起こってしまったことにショックで悲しく、涙が溢れたことが今でも忘れられません。

留学時代自分の人生観や素晴らしい人々との出逢いを作ってくれたフランスで、人々が憎しみ合う事件が起こったことが悲しくて悲しくて…

世界ではフランスのテロよりも、もっと被害の大きいテロ事件が起きているので、パリのテロ事件が起こった時は報道がフランスに集中しすぎているのではないかという声もありました。

でも私にとっては自分がたとえ9ヶ月でも生活した場所だったので、やはり他人事とは思えず、涙を流したのだと思います。

諦めたくない気持ちもあった

2015年11月のパリのテロ事件以降フランス事業は現地の様子見ということで、次回の開催に向けての動きは暫く保留にする方針になりました。

またそれもあり、現地コーディネータとの契約も更新せずフランス側、日本側双方の窓口は私だけという状態になりました。(通常現在勤めている会社の海外事業は海外窓口を会社の現地事務所もしくは外部委託業者に依頼して設置しています。)

ただフランス事業の初期投資として、現地とコネクションを作るために、それなりに資金をかけてきた事業だったので、会社側もすぐにフランス事業を撤退することもありませんでした。

フランスのテロにはただただ悲しみを感じていた私ですが、いつかはイベントを開催したいという気持ちも心にはありました。

それはテロが起こった当時、フランスで様々なイベントが中止や延期になっていたので、テロには屈しない、悲しみに暮れているだけではないというフランスへのエネルギーに少しでもなりたいと感じていたからです。

また私がストラスブールへ留学していた当時、ちょうど東日本大震災があり、フランスで多くの人に励ましの言葉をもらったので、今度は私がフランスを励ます番じゃない!という一種の使命感のようなものもありました。(自己満足だったかもしれませんが…)

なので次回開催に向けて、現地協力者もいない、状況が不透明な中、いつになっても良いからなんとか開催する方向に持っていくため、会社側に「コーディネーターは無しでやります。私がフランスとのやりとり全てを直接やります。だからなんとか続けさせてください!」と直談判しました。

フランス現地の関係者に関しては、当時のコーディネーターがきちんとした引き継ぎをしてくれたので、物理的距離と時差の壁があるとは言え、問題なく関係性を続けることができました。

2016年秋、2年越しのイベント開催inフランス

2015年12月私一人でフランスと日本双方の窓口を担当すると会社に宣言してからは、とにかく必死でした。

社内の空気も私がやりたいからフランス事業をやっているという感じも少しあり、メイン業務の日本国内の仕事を疎かにしちゃだめという周りの目があって、フランスと国内の仕事のバランスを取りながらでした。(当時はバランスを考えながら進めることが凄く大変だったけれど、そのおかげで仕事を裁くスキルが急激に上がったと実感しています。)

またパリのテロが起こってからは南仏、そしてベルギーやドイツなどでもテロ事件が連続して起こり、次回のイベントもまたテロで中止になってしまうのではないかという不安が常に頭の片隅にありました。

それでもなんとか開催に漕ぎ着けたいという強い気持ちがエネルギーとなり、メイン担当として周りの同僚の助けも借りつつ、2016年11月ついにパリとリヨンでイベント開催を果たすことができました。

会社がフランス事業について私に話を持ちかけてくれた、一番最初の始まりが2014年12月で、それから約2年という時間を経てようやく実現することができたのです。

イベント開催終了後はシャルル・ド・ゴール空港から一人での帰国でしたが、今でも空港で感じた達成感と未熟な私を支えてくれた会社の同僚とフランスの関係者の方々への感謝の気持ちは忘れられません。

それでもやっぱり海外で挑戦したい

2016年のイベント開催終了後、次のイベント開催も引き続き継続となり、ありがたくも昨年2017年10月私が担当として2回目のパリ・リヨンでの日本留学イベントを開催させてもらうことができました。

しかし実は2016年の開催が終わり、次回開催が決まった2016年12月、次のイベントを最後に会社を辞めフランスに行こうと決めていました。

フランス事業を通して年に2週間という短期間ではありますが、フランスへ仕事で訪れ、「私はやっぱり海外で挑戦したいんだ!」という思いが年々強くなるのを心の中で感じていました。

2016年12月に決意した思いは2017年10月の企画が終わってからも変わることはなく、それどころかもっと強くなっていました。

終わりに

2018年は私がフランス語を勉強し始めてちょうど10年になります。

私がフランス語と出会って10年目になるということです。

なんでフランス語を勉強しているんだろう?と疑問に感じていた10年前の2008年の私は、まさか2018年フランスへ長期滞在しようとしているとは思ってもなかったことです。

でもこの10年間フランスを通して様々な経験と素晴らしい人達に出逢うことができ、フランスに多くのことを教えてもらった気がします。

フランスのおかげで良い意味で人生観が大きく変わり、自分の可能性をもっと広げられるものが得られる何かが、フランスにあるのではないかと強く感じています。

「何でフランスなの?」

その答えは本当はまだ見つけられていません。

2018年の渡仏でその答えに少しでも近づけたら良いなと今は感じています。

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